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2010.08.12

あれから25年

こんな記事を書いてから、さらに5年の月日が経過してしまいました。その間に、JALがどうなったかは皆さんご存知の通り。

(上毛新聞社から↓)

●空の安全 祈る灯籠
520人が犠牲となった1985年の日航ジャンボ機墜落事故から12日で25年になるのを前に、現場の「御巣鷹の尾根」のふもと、上野村の神流川で11日夕、慰霊の灯籠(とうろう)流しが行われ、多くの遺族が犠牲者の冥福を祈った=写真。12日には遺族ら約350人が慰霊登山する予定で、事故以降初めて担当大臣として前原誠司国土交通相が参加する。

墜落時刻の午後6時56分になると、最愛の人への思いが書かれた灯籠が次々と水面(みなも)へ。川は淡い光に彩られ、辺りは空の安全に対する祈りに包まれた。…

この文章を書いている間に、その時刻はやってきました。改めて、事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りしました。

いずれこの事故も歴史の中に埋もれて行ってしまうような気がしてならないのですが、そうなる前にホントの真相は明らかになっておいて欲しいと思います。事故に至る経緯には、私としては???というところが未だに多いのです。


◆ そう言えば、私の通っていた大学のF教授 -- 私はその方の授業も取ってましたが -- もその現場にいち早く踏み込んでいたんですよねー

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コメント

leavesさん、

事故よりJALのほうが風化しないかマジ心配です。

投稿: Kinoppi☆ | 2010.08.26 15:33

私も25年前の今日を鮮明に覚えてます。
私は小学校6年生で、家族は里帰りしてたので、一人で晩飯を食べてテレビを見てたら、大騒ぎをしだして・・・。

今日、会社で若い人たちに聞いてみましたら、みんなこの事故をリアルで知らないのですよね。

風化して欲しくない事故でした。

投稿: leaves | 2010.08.12 21:25

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