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2014.05.10

河原町

私がガキだった頃、四条通りや河原町通りに出かけていく、というのはちょっとした楽しみであり、冒険でもありました。高島屋や大丸の屋上には遊園地っぽい子供向けのアトラクションやゲーム機が置いてあって、よく連れて行ってもらったっけ。
シネコンというものがなかった時代、映画を観に行くところでもありました。滋賀には映画館などなかったし(苦笑)

(京都新聞サイトから↓)

京都・河原町、消える“看板店” 老舗閉店相次ぐ
京都市を代表する繁華街の河原町通(三条-四条間)で営業を続けてきた“看板店”の閉店が相次いでいる。明治6(1873)年開業の文具店「壺中堂(こちゅうどう)」(中京区)が3月末、約140年の歴史に幕を閉じた。戦前の1937年にできた中華料理店「ハマムラ河原町店」(同)も先月26日に店じまいした。服飾店や書店、洋食店といった顔ぶれが個性を競い合った、かつての河原町の面影を取り戻そうと、商店街の模索が始まろうとしている。…

観光地としての京都、という視点では、河原町界隈はまだ京都随一の繁華街なのでしょうが、ライフスタイルや交通網の変容ぶりは確実に河原町のステータスを相対的に下げていると思います。その中でも一番大きな力になっているのはJR西日本ではないかと。奈良線や山陰線の輸送力が見違えるほど強化され、京都駅のリニューアルで駅ビルに伊勢丹が入店し、ビックカメラやヨドバシカメラが周辺に進出。そしてまさかのイオンモール出店に、水族館(苦笑) 京都駅はいつの間にか高速パスの一大ターミナルにもなっています。

そして滋賀県民はそんな京都をスルーして新快速で大阪までサクっと行ってしまうとなると、河原町あたりをわざわざ選んで行く理由がないんですよねー。現に我が家がそうですから。
大丸の向かいに東急ハンズが出来ますが、大阪駅に既に大きいのがある以上、どうだか。店も街も住人の皆さんもそうとう濃いアイデンティティを打ち出さないと、衰退傾向には歯止めはかからないと思われます。
京都の伝統というのは、常に守られて来たのではなく作られて現在まで来たという観点をどうかお忘れなく。 

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